追試の駄文置き場

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嘘日記4:あの洪水は私に、私が想像できなかった世界があるんだと教えにきてくれたんだ。

今日は昼過ぎまで寝て、干し芋を食べてみたい気持ちになったので西友に買いに行って3パックも食べた。

 

昼寝してから、散歩しようかなと思って下北沢の方へ向かって歩くことにした。14時だけれど日はだいぶ傾いていて、けれど陽のあたたかさは失われていなくて浴びていると心地よかった。

 

30分ほどで下北沢に着いて、もっと歩きたくなったのでそのままひたすら北に向かって歩き続けてみた。もともと散歩は結構好きなのだけれど、さすがに下北沢より北は全く歩いたことがなくて、新鮮な気持ちがした。

東北沢を抜けてまだ歩き続けると幡ヶ谷に出て、車道の標識に中野と新宿へ続くことを示す表示があった。中野や新宿なんて、徒歩圏内のはるか先にある気がしていた。なんだかすごく嬉しい気持ちになって、よーし中野まで歩いてみるか、と思って頑張って歩いた。気候も体調もよくて、ずんずんと、どこまでも歩けそうな気がした。

 

しばらく歩き続けて、とうとう中野にたどり着いてしまった。汗ばんだシャツのままあ中野でやりたいこともないので、マルイでトイレを借りた後に来た道を戻ることにした。

このまま帰るのも少しもったいないな、と思ってたところ、少し歩いたところで図書館まで500mと書かれた標識をみつけて、足も疲れたしと寄ってみることにした。

 

中野区の図書館はすごく大きくて驚いた。でも、中にはほとんど人がいなかった。ドアが開閉する音が鳴り止むと、しーん、という音が聴こえた。

別に読みたい本もないし、とにかく足が疲れていたので、座れる場所がありそうな方へ歩いて、伝記や宗教本のコーナーのところへたどり着いた。

適当な本を手にとって席に座って、ふくらはぎを揉む。ふくらはぎは酸欠でびっくりするくらい血管が浮いていた。膝の少し上のあたりも親指でぐいぐいと強く押して筋肉をほぐした。筋肉がどくどくと脈打つように動いて、わずかだけれど疲れが楽になった気がした。

しばらく座っていたけれど手持ち無沙汰になって、棚から持ってきた本をパラパラめくってみると、なにかの説話のようなエピソードが書かれていた。

 

ーー

 

あるところに彫刻家がいた。大変腕が良く、大金持ちから常に注文があった。

その評判を聞きつけたある豪族が、一族の像を彫ってくれないかと巨大な岩を運んできた。完成したあかつきには、一生遊んでも使い切れないほどの報酬も与える、とのことだった。

 

一族全員の像を完成させるとなると10年はかかるだろうが、彫刻家は自分の生涯の仕事の集大成にしたいと、その注文を受けた。

彫刻家は全身全霊をかけて彫刻を掘り進めた。5年ほど経ったころには半分が完成し、それを見た人々は歴史に残る大傑作になるだろうと口々に絶賛した。

ところが、大きな洪水が起こって作成途中だった像が流されてしまい修復不能なほどに壊れてしまった。豪族もその影響で没落してしまい、彫刻家への報酬はほとんど与えられなかった。

 

生涯をかけた仕事が頓挫してしまい、彫刻家の妻は、夫が失意のどん底に沈んでいるのではないかとを心配した。だが、当の本人はむしろ生き生きとしていた。妻が理由を尋ねると、彫刻家は言った。

 

「あの像が完成したら、私は彫刻を辞めて余生を遊んで暮らすつもりだった。毎日、それだけを考えて彫刻を作っていた。

だが、あの像は完成しなかった。もちろん最初は落ち込んだけれど、そのおかげで私はあれを超える作品を作らなくてはという情熱を得ることができた。あの洪水は私に、私が想像できなかった世界があるんだと教えにきてくれたんだ。恨むどころか、感謝してもしきれないくらいだ」

 

ーー

 

図書館を出ると外はもう真っ暗だった。しばらく歩いたけれど夜風で体が冷えてきて、さすがに帰りはバスに乗ることにした。

 

 

やっと家に着いて熱いお風呂に入ってから、家を出る前に準備していたご飯を温めて食べた。それからなんとなく気になって、今日歩いた距離をGoogleMapで調べてみると、11キロも歩いていた。

 

やっぱり自分は歩くのが好きだなあと思って、なんだか自分のことがもっと好きになったような気がした。