嘘日記6:穢れ
21XX年、ついに国内で完全試験管ベビーとして生まれた人の人口が、自然妊娠で生まれた人の数を超えた。
喫茶店のテレビモニタでは、その記念すべき日に試験管ベビーを授かった黒人夫婦が嬉しそうにインタビューに応えている様子を映していた。
「自然妊娠という非人道的な役割を女性に押し付けていた時代は、人類の歴史において恥ずべきことです」と男が横目で妻を見遣って、言う。
女は愛おしそうに新生児用ベッドで眠る我が子を見つめ、「パートナーに自然妊娠を希望する男性は、ぜひ自分に人口子宮を移植することを検討してもらいたいですね」と笑う。
「……ねえ、聞いてる?」と彼女が僕に問いただす。
「ああ、ごめん……なんだっけ?」僕はテレビに集中しすぎていて、彼女が化粧室から戻ってきて話しかけてきたことに気づかなかった。
「リアルで会うのか、バーチャルで会うのか。どっちにするか、決めた?……来月、お義父様とお義母様に、会いに行く話」
ああ、うーん、と言って僕は答えを濁す。
「それなんだけど、じつは父親が事故にあって、入院することになったらしくて」
「えっ。そうだったの?」彼女は驚き、心配そうな顔をする。
「うん、大した怪我じゃないらしいけど、予定してた連休の日には退院できそうにないらしくて」
ていの良い言い訳だった。先日、僕は彼女が自然妊娠で生まれた過去を持っていると知ってしまった。
その日から僕は、なんとも言い難い違和感を彼女に対して持つようになった。無意識レベルでの嫌悪感というか……穢れのような感覚だった。
「そうなんだ……じゃあ、今度の連休は、どうする?」
僕は、そうだなぁと考えるそぶりをしてから、実は連休に仕事に出ないといけないかもしれない日ができちゃってさ、と言う。
「……そっか」彼女はがっかりした様子で俯く。
僕はなんでもない風を装って、けれど一つの決断を胸に、熱いコーヒーをごくりと飲み干した。